エストニアの沼地にハイキングに出かけたカスパーは、何十年もの間、水中に埋もれていたものにまさか自分が出くわすことになるとは夢にも思っていませんでした。その道は整備されておらず、あまり人が通らないことで有名です。そして、その道を散策していると何かが地面に埋まっているのを見つけました。
その埋もれているものを掘り起こすため、町の人々が続々と集まる事態に・・。そしてその中から見つかったのは、世界の歴史を変える一部分だったのです。
カスパー、整備されていない道を選ぶ
それはなんてことない普通の日の朝でした。カスパーはエストニアの沼を探検しようと思っていました。沼地に着くと、カスパーは目の前に2つの小道があることに気づきます。1つは地元のハイカーに人気のハイキングコースで、もう1つはハイキングコースだと認識できないほどに荒れた道でした。
カスパーが選んだのは、2つ目の道でした。
周りに何もないところに姿を現したクルトナ・マタシャロフ湖
カスパーはあまり人が通った跡のない道を選んで歩き始めました。ほどなくして、クルトナ・マタシャロフ湖にたどり着きます。湖はおよそ5,000平方メートルほどの小さくはない湖です。周りには何もない、辺鄙なところにその湖はあったのでした。
こんなところで何かを発見するなどと、普通なら考えもしないでしょう。
地面に奇妙な跡を見つける
カスパーは突如として、湖のほとりについている奇妙な跡に気づきます。そして、これをきっかけに、この跡が一体何なのか、誰がこの湖に来て何をしていたのかと考え始めたのでした。
さらに、そこには草などがあまりにも生い茂っていたため、その跡が一体何なのかを特定することは一層難しくなっていました。
見つけたのは奇妙な跡だけではなかった
カスパーが通ってきた道は整備されたハイキングコースではありませんでしたが、実は、カスパーがこの道を通るのは初めてではありませんでした。これまでに湖のそばに奇妙な跡があったことにどうして気づかなかったのでしょうか。
この湖のふちにあった跡も不思議と言えば不思議ですが、カスパーが次に見つけたものも、不可思議なものでした。
ロープを発見
カスパーが見つけた奇妙な跡のすぐそばには、船の錨のようにも見えるロープがありました。しかし、誰もこんな辺鄙なところにある湖に船を持ち運んでくる人などいるわけがありません。
こんなところにまで船を持ってくるなんて、途轍もなく大変な労力を要することでしょう。
引っ張り始める
それでもカスパーは好奇心から、ロープが埋もれている泥の周りを掘って、ロープを泥から引っ張り出しました。そして、そのロープを引っ張ってみたのです。カスパーはまだ幼く、地面に埋まっているものはびくともしませんでした。
この謎の物体を引っ張り出すには、助けが必要でした。
カスパー、両親に見たものについて話す
泥だらけのロープを手から離すと、カスパーは家に戻ることにしました。家に着くとすぐに、沼地で見つけたものについて両親に話しました。当然と言えば当然ですが、話を聞いて、両親は少なからず混乱していました。
それでも、両親は息子について沼地へと向かったのです。
地中から何を引っ張り出そうとしているのか、見当もつかなかった
カスパーは自分が何を発見したのか、まったく分かっていませんでした。そのロープはかつては船の錨だったのでしょうか。ただ、肝心の船は一体どこにあるのでしょう。地中に埋まっているのでしょうか。だから、泥土からロープが抜けなかったのでしょうか。
カスパーは自分が失われた歴史の一部を発見しようとしていることなど、まったく知りませんでした。それは、なんと、第二次世界大戦で使われた戦車だったのです!
カスパーの両親にも分からず
結局のところ、カスパーの両親も途方に暮れていました。地面の奇妙な跡をどう解釈したらいいのか、ロープが一体何に繋がっているのかまったく分からなかったのです。すべてが謎でした。
そして、カスパーが出くわした謎はまもなく、町中の関心を呼ぶことになります。
町の人々、謎の物体を一目見ようと沼地に集まる
カスパーが両親をクルトナ・マタシャロフ湖に連れて行ってからほどなくして、町の人々が謎の物体を一目見ようと集まり始めました。幼い少年がエストニアの沼地の辺鄙な場所で何を見つけたのか、みんな興味津々でした。
泥だらけのロープを地中から引っ張り出すには、かなりの労力が必要と思われました。
何の跡なのか、皆目見当もつかない
町の人々は沼地に集まり、カスパーが発見した地面の跡が何なのか、その謎を突き止めようとしました。しかしながら、それが一体何なのか、誰にも分かりませんでした。
さらに、その物体を覆うようにして苔や草などが泥に混ざっているため、見た目から判断することもできなかったのです。
町の人々、ロープを引っ張り始める
まもなく、カスパーが話していたロープを見つけた地元の人たちは、それを握り締めて、引っ張り始めました。幼い少年が1人で引っ張ってもびくともしませんでしたが、町の人々の力を合わせれば、何とか引っ張り出せるのではないかと思ったのです。
ロープはぬかるんだ地面から簡単に姿を現しましたが、いくらロープを引っ張っても、その先にあるものはまったく動く気配さえありませんでした。
何かがあるのは間違いない
地面についていた奇妙な跡…そして、ロープを引っ張っても地中からまったく出てきそうにない謎の物体…。町の人々は、湖の底に何かが沈んでいるに違いない、と確信しました。
そこで、その謎の物体が何なのかを明らかにしようと考えました。
重機を運び込む
みんなが力を合わせて引っ張れば、謎の物体を引っ張り上げることができるのではないかと考えた十数人の人々が力の限りロープを引っ張ってみました。しかし、謎の物体は頑として動きませんでした。
そこで、湖底に沈む物を引き揚げるために、重機を運び込むことにしました。
警察当局に連絡
ロープを引っ張ってもこの謎の物体を掘り出すことができないことに気づくと、町の人々は警察当局に連絡をすることに決めました。引き揚げるためには、人の力だけではなく、重機が必要なのは明らかでした。
重機を使えば、水から何かを引き揚げることはできると思われました。
重機が森の中を通って到着
やがて、クルトナ・マタシャロフ湖に向けて、森の中から何かが近づいてくる音が聞こえてきました。警察当局は、この謎の物体を明らかにするべく、重機を運んできたのです。
木々の間を通り抜け、巨大なブルドーザーがその姿を現しました。これを使えば、確かに謎の物体は水の中から引き揚げられそうです。
ブルドーザー、始動するも…
泥だらけのロープがブルドーザーに繋がれました。その様子をそばで見守る人もいれば、ブルドーザーに繋がれたロープを手にして、ブルドーザーと一緒に引っ張っている人もいました。
驚くべきことに、巨大なブルドーザーと町の人達が引っ張ったにもかかわらず、謎の物体はびくともしませんでした。クルトナ・マタシャルフ湖の湖底にあるものが何であれ、非常に大きくて重いことは明らかでした。残念ながら、これだけ巨大で思いものをどうやって引き揚げたらいいのか、誰にも分かりませんでした。
町の人達は自分たちの車を持ってきた
この時点で、町の人々は泥だらけの沼地にロープが複数あることに気がついていました。そのロープすべてをブルドーザーに引っ張らせても、ほとんど何にもなりませんでしたが、町の人達は良いアイデアを思いついたのです。
人々はすぐに町に戻り、自分たちの車に乗ってクルトナ・マタシャルフ湖に戻ってきました。そして、ロープをそれぞれの車に結びつけると、一斉に車で引っ張り始めたのです。謎の物体を引き揚げるのに十分な数の車と馬力であることを信じて。それだけではありませんでした。
カスパーもお手伝い
銅線をロープに結びつけ、車だけでなく、集まった人々も共に力を合わせ、謎の物体を引き揚げようとし続けて8時間が経ったころでした。
幼いカスパーさえも、町の人達を手伝いました。みんなと同じように、湖底に何があるのか見たかったのです。第一発見者はカスパーだったのですから!
やっと姿を現した謎の物体
8時間もこの謎の物体を引っ張り出そうと格闘した後、ついに湖底に埋まっていたものが動き出しました。一度地中に深く埋もれていたものが動くと、後は作業をしていた人達みんなで少しずつ動かすことに成功しました。
ついに湖底に埋まっていた謎の物体が見えるなんて、にわかには信じられませんでした!
ブルドーザーで、もう一度!
しかし、その作業はそこで終わりではありませんでした。というのも、その物体のほんの一部が顔を出したのみだったからです。そこで、人々は湖のぬかるんだ場所に降りていき、手作業で掘り進めました。
しばらく手作業で周りを掘った後、もう一度ブルドーザーを使って引っ張り上げると、ついに水から謎の物体が姿を現したのです。
開いたままのハッチが
その物体が水面から出てくると、人々は息をのみました。そこにいた多くの人はそれが何なのか、すぐに分かったのです。理解できていない人もいましたが、それでも誰ともなくホースを引っ張ってきて、直ちに物体にこびりついている泥を洗い流し始めました。
数分後、泥が洗い流され、その謎の物体にはハッチがあることが分かりました。
謎の物体には白いシンボルが
長い時間引っ張り出すために一生懸命に作業していた人たちは疲弊しきっていましたが、ここまできて諦めるわけにはいきませんでした。丁寧に泥を洗い流していくうちに、第二次世界大戦で見たことのあるような有名な卍型の白いシンボルが現れましたが、それが本当に自分たちが思っているものなのかどうか、確認しようと思いました。
そして、最後のもうひと踏ん張りで、ついに巨大な金属の物体を水面に引っ張り出すことに成功しました。
第二次世界大戦の戦車が
泥に足を取られながらも、湖から物体を引っ張り出すために尽力していた人たちは、第二次世界大戦に使われた戦車が目の前に姿を現したことに気がつくと、誰もが黙り込みました。エストニアの沼地にあるクルトナ・マタシャロフ湖の湖底に、埋もれていた歴史の一部を発見した瞬間でした。
あまりにも衝撃的なものを引き揚げてしまったのです。
どうして湖底に沈んだのだろうか
引っ張り上げたものが、第二次世界大戦で使われた戦車だった事実に衝撃を受けていた人々の頭に次に浮かんだのは、この戦車がどうやってクルトナ・マタシャール湖の湖底に沈んでしまったのか、という疑問でした。
戦車が沈んでいた湖は、周りに何もない、辺鄙なところにありました。しかし、人々が発見したのは戦車だけではなかったのです。
カスパー、銃弾を見つける
興奮のあまり、戦車の中を覗いてみようと、カスパーはまっすぐ戦車に走っていきました。タンクの中で何か光るものが水に浮いているように見えました。カスパーは母親の方を向いて、「ねぇ、ママ。あれは弾薬なの?」と聞きました。
その瞬間、カスパーは急に腕をつかまれ、戦車から引き離されました。
サイレンが響き渡る
戦車の中にまだ弾薬があったなんて!危険があることを察知したカスパーの母親は、慌てて息子の腕をつかんで戦車から引き離したのでした。
戦車にはまだ危険性が残っていると感じたのは、カスパーの母親だけではありませんでした。戦車が姿を現した報告を受け、すぐに迷彩色のトラックがサイレンを鳴らしながら現場に到着しました。
湖から戦車を引き揚げるのに2週間かかる
戦車を調べていた男性はカスパーの方に歩み寄って、「君が見つけたの?ビックリだよ。よく見つけたね。これが安全かどうか確認できるまで、離れていてね。」と話しました。
専門家らが調査のために完全に戦車を湖から引き揚げるのに2週間かかりました。引き揚げた後、やっと調査を開始できたのです。
ソビエト製のT34/76A
なんと、その戦車はソビエト製のT34/76Aだったことが判明しました。驚くべきことに、数十年も水中に沈んでいたにしては、戦車の保存状態はとてもよかったのです。専門家らが書かれていた白い数字や記号についてさらに詳しく調べたところ、この戦車はドイツ軍によって奪われ、ドイツ軍の記号に塗り替えられていたことが分かりました。
ドイツ軍は最終的に湖に戦車を捨てたため、回収することができなかったのでしょう。
戦車の保存状態は良好
専門家らによると、ここの湿地帯の酸素レベルは低く、金属の保存に向いていたようで、戦車の保存状態はすこぶる良く、劣化はあまり見られませんでした。
一通りの調査を終えた専門家らは、こんなに長い間湖に沈んでいた戦車がまだ稼働するのかと、疑問を抱きました。
116個の弾薬が見つかる
近くにあるゴロデンコ博物館の学芸員らは、この戦車を目の当たりし、特にその保存状態に驚きました。戦車を修理したところ、古いディーゼルエンジンはまだ使える状態で、戦車のエンジンがかかることが分かりました。
そればかりか、戦車の中から弾薬116個が確認されました。とはいえ、こんな辺鄙な場所で戦車を使って一体何をしていたのだろうか、という疑問に対する答えを見つけることはできませんでした。
ドイツ軍によってソ連の戦車が奪われる
詳しく歴史をひも解いていくと、東部エストニアのナルバ戦線で何度か戦闘が発生し、多数の兵士や戦車がクルトナ・マタシャロフ湖のある沼地を通過していたことが分かりました。
そして、1944年の夏、ドイツ軍がソ連軍から「戦利品(ここでは戦車のこと)」を奪ったのもこの場所だったのです。
ソ連軍、ドイツ軍の両軍に使われた貴重な戦車
カスパーが発見した戦車は、第二次世界大戦中にソ連軍に使われ、さらにドイツ軍に奪われてからはドイツ軍に使われたもので、非常に珍しいものです。歴史的にも大変価値のあるものでした。
学芸員らの調査によると、ドイツ軍がソ連軍の戦車を奪ってから、わずか6週間後に湖に捨てていたことが分かりました。
ドイツ軍、ソ連軍が再び戦車を使用できないようにと考えて…
さらなる調査の結果、ドイツ軍は1944年9月19日にナルバ戦線から撤退し始めたことが分かりました。
敵軍であるソ連軍に戦車を再び使わせまいと考えたドイツ軍は、誰の手にも届かない場所、つまり湖に戦車を捨てるのが最善の策だと判断したのです。
戦車、博物館で展示される
好奇心旺盛な少年が発見するまで、何十年もの間ずっと、エストニアの沼地の奥深くにある水中の墓場で、戦車は弾薬とともに眠っていました。
現在、第二次世界大戦で使われた戦車T-34は、ゴロデンコ村の戦争博物館に展示されています。